蒸気式

『お婆さんが運転するバス』
 今から考えるととても妙だ。15年前小学生だった私はおかしなものを見た。
当時私は虫歯の治療のため、○○町の歯医者に通っていた。歯医者に行くのは気がすすまなかったけれど、バスに乗れるのが嬉しくて仕方なく通っていた。予約しておいたのにも関わらず、かなりの時間待たされた。歯医者の玄関を出るころには夕陽が私を照らしはじめていた。
国鉄バス停留所で帰りのバスを待つ。時間どおりにバスはやってきた。車内は運転手さんと車掌さんと私だけ。私は歯医者の帰りの清清しい気分で、バスの窓から景色を見るのが大好きだった。いつもと変わらないこの風景。バスはグングンとスピードを上げていく。ふと、いつもと違うことに気がついた。どこの停留所でもバスは止らない。車掌さんも何も喋らずただ前を向いているだけ。バスが止らないのは、きっと停留所にお客さんがいないだけなんだろうと思った。
運転手さんを見た。バスの運転席に座っているのは、お婆さんだった。髪は白髪まじりのボサボサで、赤い模様の着物を身に付けているお婆さんが運転していた。
「なんだ、だから止らなかったんだ」とその時思った。